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大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)237号 判決 1969年5月15日

控訴人(附帯被控訴人)

仲川電気工業株式会社

控訴人(附帯被控訴人)

仲川金助

右両名代理人

佐野正秋

香川文雄

被控訴人(附帯控訴人)

フジこと

小松フヂ

右代理人

沢克己

金谷康夫

主文

被控訴人(附帯控訴人)の附帯控訴を棄却する。

控訴人(附帯被控訴人)の控訴に基づき、原判決中控訴人(附帯被控訴人)の敗訴部分を次のとおり変更する。

控訴人(附帯被控訴人)らは、被控訴人(附帯控訴人)に対し各自金八七九、三四一円及びこれに対する昭和三八年四月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じこれを三分し、その一を被控訴人(附帯控訴人)の負担とし、その二を控訴人(附帯被控訴人)らの負担とする。

この判決は、主文第三項に限り被控訴人(附帯控訴人)が金二〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

当裁判所は、被控訴人の請求中後記認定の範囲で正当として認識すべく、その余は失当として棄却すべきものと認めるが、その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の理由と同一(但し、原判決九枚目裏七行目に「保ない。」とあるのを「得ない。」と訂正する。)であるから、これを引用する。

一当裁判所の引用する理由二前段で認定するように、本件事故現場は、大丸百貨店前の通称御堂筋のうち巾員6.5mのC帯車道上であり、右車道の制限時速は三〇キロmであるが百貨店前である関係上多くの車輛かひんぱんに停車し、歩道上には歩行者の輻輳するところであり、右地点から北へ19.30m先には公安委員会指定の東西に通ずる横断歩道が設けられているのであり、<証拠>によると、本件事故当時横断歩道でないところを渡る歩行者があつたが、警官がこれをみつけても説諭程度ですませており、大丸百貨店の両側の交叉点の信号の関係で一時大丸百貨店前の緩行車道(C帯車道)が空白になる場合があり、その時そこを横断する人もあり、又右横断歩道に向け緩行車道の至近距離を斜に横断する人もあつたことを認めることができる。右認定の事実から考えると、本件現場は、大丸百貨店の前の緩行車道であり、当時の交通事情からすれば、前記横断歩道に向うため大丸百貨店前の歩道から斜に右緩行車道を渡るため、停車中の自動車の間から車道に進出する歩行者があるかも知れず、これと衝突する危険は予想されるのであるから、自動車運転者としては、同所の制限速度が時速三〇キロmであるとしても、右危険を避けるため予め減速して進路前面に進出するかも知れない歩行者に備え、機に応じて停車又は避譲できるように徐行する等危険の発生を未然に防止すべき義務があるものというべきである。しかるに、当裁判所の引用する原判決の理由二前段で認定するように、控訴人仲川は、前記横断歩道を越え、同時に時速約二〇キロmに加速して進行した結果本件事故を惹起せしめたのであるから、被害者である被控訴人に過失のあることは別として、過失の責を免れることはできない。

二控訴人ら主張の知覚反応時間等について。

自動車運転者が自動車運転中衝突の危険を感じ、急停車の措置をとるまで及びその措置をとり車輛が停止するまで若干の時間を要することは、控訴人らの主張するとおりである。しかし、控訴人らは、その時間を一秒ないし二秒であると主張し、被控訴人は、0.7秒であると主張する。いわゆる知覚反応時間は、人により異るであろうし、視覚に例をとつても、見る目的物が発光体であるか否か、その色彩、形態、大小によつても異ることは経験則上明らかである。<証拠>によれば、普通自動車の場合、知覚反応時間0.4秒、踏替え時間0.2秒、踏込み時間0.1秒合計0.7秒かかり、その外に制動遅れ時間、制動時間を加算して合計一秒位であることが認められる。しかし、控訴人仲川の運転していた軽二輪自動車についての知覚から制動効果が発生して停止するまでの時間については、これを確認するにたる証拠はない。前記の普通自動車の場合と同様に右所要時間が一秒だとすれば、その間に時速二〇キロmでは、5.55m進むことになるが、五m先に発見したのでは衝突を免れないこととなる。そうだとすれば、歩行者が自動車の間から出て来て横断歩道の方に斜に緩行車道を横断することのあり得る当時の本件現場を直ちに停止できるように徐行せず時速二〇キロmの速度で進行した点に過失があるというべきである(<証拠>によれば控訴人仲川は、この点で過失を認めている。)。なお、控訴人らは、被控訴人の受傷の程度は、加害自動車の速度と関係がなく、被控訴人の年令と身体的欠陥のためであると主張するが、この点に関する原判決の判断は正当で、当裁判所も同様に判断するのみならず、<証拠>によれば、被控訴人に、白内症のため昭和三四年八月頃右眼を手術し同年一〇月頃全治したが、左眼も悪くなり、事故当時通院治療中であり、視力は通常人より劣つていたが、身体は丈夫で若い人と変らぬ位歩行することができたことを認めることができるから、身体的欠陥のために倒れて後頭部を打ち重傷を負つたものと認めることはできない。従つて、この点に関する控訴人らの主張は、採用できない。

三いわゆる信頼の原則について。

自動車交通におけるいわゆる信頼の原則とは、自動車運転者は、他の交通関与者が交通法規を守り、事故を回避するため適切な行動に出るであろうことを信頼して運転すればたり、他の交通関与者がこれに反する行動に出ることを予測して運転する必要はないとするものである。しかし、右原則の適用には自ら限界があり、事故発生当時の社会事情すなわち交通環境と交通関与者の交通法規の認識や遵法心の程度に応じその限界も変化するものと解すべきである。既に認定したように、本件事故の発生は、昭和三五年四月二二日で現在より約九年前のことであり、既に認定したように、本件事故当時横断歩道でないところを渡る歩行者があり、警官がこれをみつけても説諭程度ですませており、大丸百貨店の南側の交叉点の信号の関係で一時同百貨店前の緩行車道が空白になる場合があり、その時そこを横断する人もあり、又北側の横断歩道に向け緩行車道の至近距離を斜に横断する人もあつたという状態であり、<証拠>によれば、本件事故現場の北側を東西に通ずる横断歩道には当時信号機の設置はなく、大丸百貨店前の歩道と緩行車道との間及び緩行車道と疾行車道との間には何らの柵もなく、事故現場の緩行車道は、大丸百貨店への客の乗降する自動車の輻輳するところであり、控訴人仲川は、以前から右現場を本件事故車を運転して通行したことがあり、現場の状況を了知していたこと、被控訴人は、事故直前に二、三人の人が前記横断歩道に向い斜に歩いて行くのにつられて前記緩行車道に出たところ、本件事故となつたことを認めることができる。<証拠判断略>。以上の事実から考えると、本件事故の当時事故現場において、前記横断歩道へ向うため斜に緩行車道を渡る者がないということは予期できない状態であつたというべく、たとえ、被控訴人が控訴人ら主張のように歩行者としての義務違反があつたとしても、右認定の場所における当時の交通事情や交通法規に対する一般人の認識や遵法心にかんがみ、控訴人仲川がいつでも停車できるように徐行すべき義務がないとすることはできない。従つて、信頼の原則により控訴人仲川に過失がないとの控訴人らの主張は採用できない。

四原判決の理由五、1、ロ得べかりし利益の喪失以下一二枚表末行までを次のとおり訂正する。<証拠>によると、被控訴人は、昭和六年頃からたばこの小売販売業を営み、昭和三三年度には金三、六七一、三〇六円、昭和三四年度には金四、〇四四、一三六円、昭和三五年度には金三、七三六、九九四円各相当のたばこを買い入れ、八分の利益を得て販売していたこと、右たばこ販売については、たまたま被控訴人の家族が手伝つたことはあつたが、あくまで被控訴人自身の営業であつたこと、被控訴人は、本件事故当時満六七才(時治二六年九月一〇日生)で、眼をわずらい視力は劣つていたが、身体は健全であつたこと、本件事故による身体の傷害により昭和三六年二月末日を以て右小売業を廃業するのをやむなきに至つたことを認めることができる。右事実によると、被控訴人は、昭和三三年から同三五年まで一年平均約金三八一万円のたばこを売り、八分に相当する約金三〇四、八〇〇円の利益があつたことが明らかであり、特段の事由のない本件では、昭和三六年以降も同様の利益をあげることができるものと認めるべきである。従つて、必要経費を控除しても、被控訴人の主張する一ケ月金二〇、〇〇〇円を下らない純利益を得ることができたものと解するのを相当とする。被控訴人は事故当時満六七才であつたが、身体は健全であつたから、昭和三六年三月一日からなお五年間たばこ小売業を営むことができたものと認められる。そうすると、被控訴人は、本件事故により、昭和三六年三月一日から五年間一ケ月金二〇、〇〇〇円の割合による合計金一、二〇〇、〇〇〇円の得べかりし利益を喪つたものというべきである。控訴人らは、たばこ小売販売業は、性質上家族による販売の実態をもつているから、右損害は、必ずしも被控訴人自身の損害とはいえないと主張するが、前記認定のように被控訴人の家族が販売を手伝うことはあつたが、営業はあくまで被控訴人自身の営業であるから、右主張は、採用できない。被控訴人は、本訴において訴提起の時点で一時に右損害金と訴状送達の日の翌日より年五分の割合による損害金の支払を求めていることは、その主張に徴し明白である。本件訴状が昭和三八年四月三日に控訴人らに送達されたことは、記録上明らかである。そうすると、右損害金中昭和三六年三月一日から昭和三八年三月三一日までの一ケ月金二〇、〇〇〇円の割合による合計金五〇〇、〇〇〇円は、既に現実に発生していたものであり、同年四月一日から昭和四一年二月末日までの右と同じ割合の合計金七〇〇、〇〇〇円は、本訴提起当時はまだ現実には発生せず、将来得べかりしものであるというべく、これをホフマン式計算法により、一ケ月金二〇、〇〇〇円の割合による損害金につき、その間の年五分の割合による中間利息を控除すると、金六五二、一六三円となり、以上の合計は、金一、一五二、一六三円となることが計算上明らかである。被控訴人は、右損失金中ホフマン式で中間利息を控除した額が金一、一六九、九三二円であると主張するが、前記金額を超過するものは、計算の始期と終期を右と異にしたことと誤算とによるものと認められる。

被控訴人の損害は、当裁判所の引用する原判決の理由五、1、(イ)の治療費合計金二〇六、五二〇円と前記得べかりし利益の喪失による損害金一、一五二、一六三円との合計金一、三五八、六八三円であるというべきである。しかし、被控訴人には既に認定のとおりの過失があり、控訴人仲川の過失とは相等しいものと認めるのを相当とするから、これを斟酌すると、被控訴人は、その二分の一に当る金六七九、三四一円(円以下切捨)についてのみ請求できるものというべきである。

五控訴人らは、得べかりし利益の損害額から所得税等を控除すべきであると主張するが、得べかりし利得の喪失による損害の賠償として得た金員等は、当時の所得税法第九条第一項第九号(現行法第三四条第一項)にいわゆる一時所得に当るところ、当時の所得税法第六条第一三号(現行法第九条第一項第二一号)により非課税所得とされているのであるから、右損害額の算定の際所得税(所得税を前提とする地方税のうち所得割を含む。)を控除するときは、右規定の趣旨を没却することとなるばかりでなく、加害者を不当に利得させる結果となり不当であると解すべきである。そうすると、所得税等を控除して得べかりし利益の喪失による損害額を定むべきであるとする控訴人らの主張は、採用できない。

六消滅時効について。

不法行為を原因とする損害賠償請求の訴において、損害賠償債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨明示して訴の提起があつた場合には、訴提起による消滅時効中断の効力は、その一部の範囲においてのみ生ずるものと解すべきであるが(最高裁昭和三四年二月二〇日民集一三巻二号二〇九頁参照)、債権の一部についてのみ判決を求める旨明示せず、訴提起当時判明し又は予見し得る債権をまず請求し、訴訟の進行中に更に生じた債権につき請求額を拡張した場合には、同一の請求権の範囲を拡張したもので、新たな請求権の行使ではないと認めるべきであり、訴提起により一個の不法行為から生じこれと相当因果関係のある損害金債権全部につき時効の進行は停止され、訴訟中に更に生じ請求を拡張された損害金債権は独立して消滅時効にかかるものではないと解すべきである。控訴人ら主張の原判決添付明細表番号7記載の五〇、一九八円は、本件訴提起後の原審における昭和四一年一〇月五日午前一一時の口頭弁論期日において、被控訴人により請求されたものであることは、記録上明らかである。しかし、<証拠>によると、被控訴人は、本件事故による傷害のため兵庫県立尼崎病院塚口分院において昭和三七年一二月一日から昭和四一年九月二四日まで治療を受け、昭和四一年九月二六日に治療費として金五〇、一九八円を支払つたことが認められる。そうすると、右治療費は、本訴提起の際は現実に支払われたものではなく、本訴提起後に支払われたものであり、被控訴人は、本訴提起の際将来発生することあるべき右治療費を除外してその他の損害金のみの請求をすることを明示して訴を提起していないことは、訴状の記載により明らかであるから、その後の訴訟進行中に拡張した前記債権については、前記理由により消滅時効にかからぬものというべきであるから、控訴人らの時効の抗弁は、採用できない。

七原判決の理由六の冒頭から原判決一三枚目裏三行目までを次のとおり訂正する。被控訴人が自動車損害賠償保険金九〇、〇〇〇円を受領したことは、被控訴人の自認するところであり、控訴人仲川が昭和三五年四月二四日金一〇、〇〇〇円を被控訴人に支払つたことは、当事者間に争いがないから、これを前記財産上の損害金に法定充当し、これを控除すると、財産上の損害金は、金五七九、三四一円となる。そうすると、被控訴人は、控訴人ら各自に対し、右損害金と慰藉料金三〇〇、〇〇〇円との合計金八七九、三四一円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和三八年四月四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができるものというべきであり、被控訴人の請求は、右限度において正当として認容さるべきであるが、その余は、失当として棄却さるべきである。

八よつて、原判決中被控訴人の請求の一部を棄却した部分は正当であつて、被控訴人の附帯控訴は理由がないが、本判決と一部異る原判決の部分は失当であり、控訴人らの控訴は一部理由があるので、原判決中控訴人らの敗訴部分を主文第三項以下のとおり変更することとし、民事訴訟法第三八四条第三八六条第九二条第九六条第八九条第一九六条を適用して主文のとおり判決する。(岡野幸之助 宮本勝美 菊地博) (Y)

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